Grand Staff       



「それでー、小日向ちゃんは誰と付き合ってるの?」

「へ・・・・!?」

にっこりと微笑む金色の髪の同級生、ララが前後の脈絡まったくなしに投げかけてきた言葉に、かなでは間抜けな声と共に、手に持っていたシャープペンを落とした。

その様子に同じテーブルのララと対極に座っていたエキゾチックな雰囲気の少女、マユリが頭痛でも覚えたように額に手を当てる。

「・・・・いくら何でも直球すぎるでしょう。」

「えー?だって気になるもん!せっかく同じグループになったんだし。」

いかにも可愛らしく唇をとがらせたララの言葉に、かなでは、ああ、そういうことかと妙に納得した。

(グループ研究って言われた時、二人が声をかけてきた理由はこれかあ。)

実のところ、二学期に入った今でもかなでは天音では特別親しいと言える友人はいない。

ララとマユリの二人も、同級生として何度か話した事はあっても、彼女たちから一緒のグループを組まないか、と誘われるとは思っていなかった。

正直、助かったと思いつつも、変だなとは思っていたのだ。

こういうのは天音の生徒らしい合理的な考え方だなあ、などと思っていたら。

「ララ。貴女が変なことを言うから、彼女が誤解しているわ。・・・・一応、言っておくけれど、別に貴女がだ誰と付き合っているのか知りたいから、声をかけただけではないわ。少なくとも私は。」

若干気まずげに目線をそらすマユリに、おやと目を丸くしていると、横からララも慌てた様に言った。

「ララも!だって全国大会ファイナルでの貴女のヴァイオリン、すっごく素敵だったもん!」

「あ、ありがとう。」

ごく素直にそう言われて、かなでははにかんだ。

夏休みに全国音楽コンクールで優勝を収めてから、時折受けるようになった賛辞にはまだ慣れない。

もっとも、それがあったからこそ、転校してきた当初は、平凡、どうせすぐにいなくなる、とされたかなでの評価が覆されたのだろうが。

そしてまさに転校当時「すぐいなくなる程度」の評価をかなでに突きつけたマユリが、小さく微笑んで言った。

「そうね。あのコンクールは聴きに行く価値のあるものだったわ。完成度こそプロの演奏には及ばないけれど、心を振るわせるものがあったから。」

その言葉に嬉しくなってかなでは笑った。

(音楽は技術や完成度だけのものじゃない。)

それは、かなでがコンクールを戦う中で、天音のアンサンブルメンバーと共に学んだことだ。

それが聴衆にも伝わっていたなら、これ以上嬉しいことはない。

(良かった、嬉しい!この話をしたら、きっと喜ぶだろうな。)

ふわふわと嬉しくなる気持ちで、かなでが一人の顔を思い出しそうになったそのタイミングで。

「で、誰と付き合ってるの?」

「っ!ゴホゴホッ」

あまりにもナイスタイミングでのララの突っ込みに思わずかなではむせた。

「ララ・・・・」

「なに?今度はちゃんと説明したから大丈夫でしょ?コンクールの音を聞いて、小日向ちゃんに興味が出たのも誘った理由だし、同じぐらい小日向ちゃんが誰と付き合ってるのか気になるの!」

両手を胸の前でぐーにしてララが大きな声で言うから、かなでの方が焦ってしまった。

まあ、幸い三人でノートを広げた場所は図書室などではなく、校内のカフェテリアなので、周りが一斉に振り返るなどという事態にはならずにすんだが。

「マユリだって気になってるでしょ?」

「それは・・・・まあ。」

ララに話しを降られたマユリが、口ごもりながらも否定しなかったことに、かなでは素直に驚いた。

いかにも女の子らしいララが恋の話に興味を持つのはわかる気がするのだが、どちらかというと御影タイプのマユリまで興味があるとは思わなかったのだ。

その驚きが素直に顔に出ていたのか、マユリが少し頬を赤くして顔をしかめる。

「何、私が興味を持ってはいけない?」

「いけないっていうか・・・・」

意外というか。

かなでの声に出さなかった言葉まで読んだのか、マユリは開き直ったように「しかたないじゃない」と言った。

「だって貴女は呑気だから知らないでしょうけれど、今、天音で一番噂になっているのはそのことよ?」

「は!?」

(一番噂!?)

これにはかなでも目を丸くした。

「噂って、私が誰と付き合ってるのか!?」

「うん!」

気持ちいいぐらいきっぱりと頷いてくれるララに、かなでは頭を抱えたくなった。

そんなかなでに、やや呆れたようにマユリが言う。

「貴女、自分がどんな人たちとアンサンブルをしたのだか、よくわかっていないわよね。貴女がアンサンブルを組んだメンバーは、天音の中でもトップクラスのメンバーなのよ。注目度だって学内1、2を争うわ。」

「その人たちがー、夏休みが終わったらみんな音色がどこか違うんだもん。恋したんじゃないかって話題になるのは当たり前だよ。」

「当たり前・・・・なんだ。」

天音の実力至上主義にも大分慣れたつもりではあったけれど、日常的な話題までそれに影響されているとはまだまだ認識が甘かったかも知れない。

しみじみとそう思っていると、ねえねえ、とララが再び目を輝かせてよってくる。

「というわけで、当然、恋のお相手はアンサンブルメンバーの中でただ一人の女の子だった小日向ちゃんだろうって話しになったんだけど、真相は?」

「真相って・・・・」

さて、どうしたものか、とかなでは助けを求めるようにマユリに目をやってみるが、今度は彼女も味方にはなってくれないらしい。

なぜなら彼女のまた、目の奥に隠しきれない好奇心を覗かせて言ったからだ。

「順当にいけば天宮さんかしら。冥加さんとは険悪そうにしている姿を見たと聞いたし。」

「そっ」

その情報はどこから!?と突っ込みかかって、思い直す。

確かに、思い返せばエントランスやら聖堂やらで冥加と顔を合わす度にやりあっていたのは否定できない。

「天宮さんとは一緒に登下校しているのを見たし。」

「それっ」

は、恋の実験とやらに付き合っていただけで・・・・と言いかかって、まったくフォローになっていないことに気がつく。

(・・・・説明してもわかってもらえる気がしない・・・・。)

我ながら、この夏は奇っ怪な事態に巻き込まれていたものだ、と思わず遠くを見てしまいそうだ。

そんなかなでを横目にララも楽しそうに口を開く。

「わからないよー。あの1年のチェロの子だって夏休み前とまるで別人みたいな素敵な音になってたもん。あの子とは最初からアンサンブル組んでたみたいだし。」

(ああ、そういえば七海くんとは一番付き合いが長いかも。)

転校してきたばかりなのにいきなり退学をかけての演奏会に臨む事になった時から、七海はアンサンブルを組んでくれていた。

(七海くんも上手くなったもんね。)

出会った当初から自分の音に悩んでいた七海を知っているだけに、彼が褒められるのは自分の事のように嬉しい。

ちょっとほっこりと胸が温かくなっているかなでの前でララとマユリの話しは勝手に進んでいく。

「やっぱり天宮さんじゃない?彼は一番人当たりも柔らかいし、ピアノは天才的だし。」

「でも冥加先輩があんなに感情的になるところ見たことないってみんな言ってたし。憎悪とときめきは紙一重かも!」

「それはどうかしら。1年生の七海君となら小日向さんとおっとり者同士で合っているかもしれないけど。」

「もしかしてー、実は付き合ってるのは星奏に行った幼なじみの子で、全員ふられてたりして!」

キャー!小日向ちゃんってば悪女−!などというララの声が響く段になって、かなでは慌てて遮った。

「ちょ、ちょっと待って!なんで抜けてるの?」

「「え?」」

「一人抜けてるよね?わざと?」

だとしたらなかなか意地悪だ、と思って言ってみたのだが、ララとマユリはそろって顔を見合わせる。

そうして数秒。

「え・・・・?」

「もう一人って、まさか・・・・」

二人の目が信じられない、という表情をありありとたたえて、かなでに向けられた。

ちょうどその時。

「おい。」

「!」

ぽすんっと頭の上に何かが乗る感触と共にふってきたタイムリーな声に、かなでは軽く肩をすくめた。

そして振り返ると、かなでの頭に手を乗っけた見慣れた姿が目に入る。

「氷渡くん!」

ぱっと顔を輝かせたかなでに少し驚いたような顔をしたものの、すぐにため息をついて氷渡が言った、

「氷渡くんじゃねえ。お前、今日の放課後は練習したいから付き合えって言ってただろうが。」

「あ!」

そう言えば、とかなでは声を上げてしまった。

確かに昨日、アンサンブルの練習がしたいと言っていたのを思い出したのだ。

幸いグループ研究の提出期限まではまだ間があるし、雑談にはいっていたぐらいだからもういいだろうと判断して、かなでは手元の筆記用具を片付ける。

「ごめんなさい、ララさん、マユリさん。練習に行かなくちゃいけなかったみたい。」

「それは、いいけれど・・・・」

「っていうか、もしかして、もしかして?」

半ば押し切られるようにマユリは頷いたが、ララの方は逃がしてくれる気はないらしい。

興味津々という態度を隠しもしないララに、筆記用具をまとめ終わって鞄を持ち上げたかなでは、一瞬迷った後、、隣に立つ氷渡をちらっと見てからにっこり笑った。

「そう。もしかしてだよ。私が付き合ってるのは、氷渡くんだから!」

「「!」」

「!お、おいっ!?」

二人は驚いたように目をまん丸くして、ついでに氷渡も焦ったように声をあげるが、かなでは笑顔のまま、その腕を引っ張った。

「じゃあ、二人ともまた明日!行こう、氷渡くん。」

「あ、ああ・・・・」

戸惑う氷渡を半ば引っ張る様にしてかなではカフェテリアを後にする。

その後ろ姿をあっけにとられたように見送ったララとマユリは、ややあって顔を見合わせて。

「・・・・大穴ね。」

ぽつり、とマユリの呟いた言葉に、ララは大きく頷いたのだった。















同じ頃、カフェテリアを出てずんずんと廊下に出たところで、やっとかなでは氷渡の腕を放すと、はあ、とため息を一つついた。

「おい、なんだよ。今のは。」

「ああ、うん・・・・急にごめんね。」

ほとんど事態を飲み込めていないであろう氷渡を巻き込んでしまった、とかなでは謝る。

(思わず逃げてきちゃったけど、明日あたり質問攻めにあいそう・・・・)

それを思うと気が重いと小さなため息をかなでがついていると氷渡が落ちつかなさげに言った。

「いや、それは別に、いいんだけどよ。」

その声に思わず見上げた氷渡はどこか少し不安げな顔をしていて、かなでが小さく首をかしげる。

「氷渡くん?」

「いや・・・・あんな風に言っちまってよかったのかって。」

あんな風に、とは付き合っていると宣言したことだろうか。

その割には照れくささと言うよりも、どこか気後れしているような雰囲気を感じてかなでは眉を寄せる。

「ダメだった?」

「ダメっつうか・・・・お前が俺みたいなのと付き合ってるなんて知られて良かったのか?」

どこか自虐的な言葉にかなでの胸がちくりと痛んだ。

天音に来た当初こそ、高圧的な態度が目立った氷渡だったが、その実、己の実力に不安を抱えていた事をかなでは知っている。

確かに他のアンサンブルメンバーは天賦の才を感じさせる飛び抜けた実力の持ち主であるし、かなでも自分ではまだよくわからないが、コンクールよりこちら、それに近い評価をもらうことも増えた。

だからこそなのか、コンクールを終えてつきあい始めたというのに、氷渡には一歩引いた所があるように感じる。

(だから、付き合っている人候補にも挙がらなかったんじゃないかな。)

そう思うと納得できないもやもやが、苛立ちに変わって、かなではむうっと唇をひき結んだ。

「小日向?」

その表情をどうとらえたのか、氷渡が少し困ったような顔をするのも気にくわなくて、かなでは衝動的にその制服の裾を握るとずいっと顔をのぞき込んだ。

「氷渡くん!」

「っ!な、なんだよ?」

ひるんだように氷渡の腰がひけるが、今日という今日こそは言ってやるんだと、かなではしっかり制服の裾を捕まえたままその目を見つめる。

そうして一息に言った。

「あのね!私が好きなのは氷渡くん全部だからね!」

「っっっ!?」

高らかな宣言に氷渡はぎょっとしたような顔をする。

しかしさっき、ララとマユリが話しに氷渡を上げなかった時に覚えた不快感がかなでの心を後押ししていた。

「冥加部長や天宮先輩は本当に上手いと思うし、七海くんの音だって好きだよ?でも、私が好きになったのは氷渡くんの音だけじゃないの。」

テクニックや音の輝きだけ拾えば、氷渡は他のアンサンブルメンバーには劣るかもしれない。

でも。

「氷渡くんがみんなが思っているよりずっと頑張り屋で、音楽に対して真剣なのも、ぶっきらぼうだけど実はちゃんと他の人の事を見ているところも、全部大好き!」

だから変な引け目を感じないで欲しい、とそんな気持ちを目一杯込めてかなではじっと氷渡を見つめた。

のだが。

「〜〜〜〜、お、お前、なあ」

もう限界とばかりに呻くなり氷渡は顔を覆ってしまった。

「え?え?」

(何か変なこと言った?)

氷渡の反応におろおろするかなでだったが、微かに聞こえた氷渡の言葉に赤面するはめになる。

「くっそ・・・・なんでこう可愛いことばっか言いやがるんだ、こいつは。」

「!」

(か、可愛いって・・・・)

その言葉に、考えてみたら結構恥ずかしい事を言った気がすると急速に我に返ったかなでを、氷渡がまるでにらみつけるように見上げた。

「・・・・お前、自分が何言ったかわかってねえだろ。」

「??」

「一応、お前の事とか考えて遠慮してたのに・・・・んなこと言われたらセーブなんてできねえからな。」

「え、っと・・・・?」

前髪の間から見つめてくる目がやけに真剣で、かなではにわかに落ち着かなくなる。

(もしかして私、結構まずいこと言った、かも?)

しかしかなでが深く考えるまもなく、右手が氷渡の手に包まれる。

繋いだ手の温かさにとくんっと跳ねた鼓動を感じていると、肩越しに振り返った氷渡がぼそっと言った。

「とりあえず練習いくぞ。それと・・・・明日から、覚悟しとけよ。牽制とか自慢とかしたいことは一杯あんだからな。」

「?うん。」

氷渡の言いたいことはいまいち掴めなかったけれど、氷渡の頬がうっすらと赤く染まっているのがなんだか嬉しくて、かなでは頷いたのだった。















―― ちなみに、かなでが氷渡の言葉の意味を本当に知るのはそれからすぐのこと。

冥加に真摯な尊敬と崇拝の念を向けていた氷渡の一途さを甘く見ていたかなでは、翌日から垂れ流しの愛情を向けてくる恋人に、嬉しいながらも赤面し続ける日々を送ることになるのだった。

もちろん、かなでと付き合っているのが氷渡であることが天音学園中に知れ渡ったのは言うまでもない。















                                                〜 Fin 〜
















― あとがき ―
そしてEDスチルへ(笑)
あの氷渡先輩はものすごく幸せそうで悶絶したんですが、なんとなく告白後こんなワンクッションがあったんじゃないかなあ、と。
余談ですが、天音のサブ女子キャラは予想外のキャラすぎて妙に印象に残りました(笑)